302『死者を弔うということ』/サラ・マレー:著 椰野みさと:訳/草思社 草思社文庫/1,300円+税外部リンク 
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たいして信仰心もなく葬式へのこだわりもないので、自分の事に限ればお墓もいらないしいっそ一通りの葬儀も不要――と考えている人、世の中にわりといるんじゃないだろうか。
私がそうだ。

本書の著者も現代的都会人らしく宗教にも魂にも縁薄く生きてきたが、断固とした無神論者で儀礼的なことを好まず死後の肉体はただの「有機物」と言ってはばからない父親が病没したことをきっかけに、世界の様々な葬送の現場を訪ねることを決心する。
旅に際して思い出される父親にまつわるエピソードや、訪れた国や人々の魅力的な描写は紀行文やエッセイのようで読みやすくとっつきやすいが、驚くべきはその情報の密度。
ジャーナリストらしい公平で多面的な視点はもちろん、歴史、哲学、文学に産業、専門技術と論及は多岐にわたり、世界の葬儀事情など断片的にしか知らなかった人間が本書をざっと読み通すだけで一席ぶつことができるんじゃないかというくらいの情報量だ。

面白かったのがアメリカにおける葬送事情で、エンバーミング(起源は南北戦争だそうだ)をはじめとする “過剰な” 葬礼サービスを提供する「陰鬱な商人」、近親者の死にうろたえる消費者につけ込んで法外な搾取をする葬儀業者への批判があるということだ。
昨今日本でも、葬送業界の不透明な会計事情や、誰のためなんだという謎のサービスの要不要等、同じような悩みを抱えていることを考えると興味深い。
フロリダの葬祭業界見本市のレポートも、厳粛なんだか滑稽なんだかわからない珍妙な展示に変な笑いがこみ上げてくる。
アメリカの葬送業界も商業主義と相まってかなり複雑化しているようだ。

祝祭のような華やかな式典あり、ネット上のバーチャルな葬送あり、死に対しての振る舞いや習慣は実に多彩で、私が持つ狭い常識からすると一見ぎょっとするようなこともあるが、文化や歴史をたどって行き着くのはいつどこでも共通する普遍的で素朴な死者への思いだ。
様々な弔いの形を見ていると、自分の葬儀には関心が薄くとも、いい葬儀だなと思えてくるから不思議だ。
簡素な葬送を求めた父親を尊重しつつ著者とその家族が考えた弔いがまた素敵なのだが、それは本書を読んで確認してもらいたい。

文/ アトレ亀戸店・YK
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