フィフティ・ピープル『フィフティ・ピープル』/チョン・セラン:著 斎藤真理子:訳/亜紀書房 となりのくにのものがたり01/2,200円+税外部リンク 
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これはいい、すごくいい、とジワジワ込み上げてきて困ってしまった。
何に困るかって、すごくいいのに何と言ってオススメすればいいのか分からない。

とても雑な物言いだけれど、フィクションを好んで読む人間はわりと異常なものが好きだ。普通じゃないひと・もの・状況を見ると楽しい気持ちになってしまう。私だけではないと思う。
未来から来たドラえもんには奇抜なひみつ道具を出してほしいし、ブラック・ジャック先生には脳の位置を移動させるなど大胆すぎる手術の腕を見せてほしい。謎めいたお屋敷があれば誰かに変な死に方をしてほしい。

でもこの小説にそんな飛び道具は一切ない。謎解きやどんでん返しもない。
困った。どうしよう。「まさかの展開で絶対驚く」とか「ガジェットに意外な使い道が」とか、キャッチーなことが何も言えない。


『フィフティ・ピープル』は1編につき1人の人物が取り上げられる形式の連作短編集だ。1編が5~6ページ、長くても10ページ前後とコンパクト。
ニュータウンに建つ大学病院とその周辺地域に関わるひとたち、小学生から老人まで老若男女50人以上の群像劇。
病院関係者はたくさん出てくるけれど『ER 緊急救命室』のような医療ドラマではない。ブラック・ジャック先生のように大胆な手術もしない。
ふつうのひとたちが、ふつうに働き、生活しているだけだ。
 
各話の登場人物たちは、どこかで少しずつ繋がっている。
あのひとはこの子の元彼だったのか。
この女性はあのときのお医者さん。
さっきのドーナツ屋の向かいにある店で起きた出来事。
そんなゆるやかな具合に。
亜紀書房さんの書籍紹介では“あやとりのように絡まり合う”と表現される。
ゆるやかな繋がりはたしかにあやとりだ。糸が交差したり引っかかったりする。

作家の朝井リョウさんは“すべての窓が開いている一つの街を空の上から眺めているような感覚に陥る”と言い表す。
  読売新聞(2018/11/25)/書評(朝井リョウ氏・作家)
  https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20181126-OYT8T50059/

個人的には“人の多すぎない雑踏をゆっくり歩いているような”小説だった。
(そう思って読んでいたら、小説の構想は著者のセランさんが渋谷のスクランブル交差点を眺めて生まれたという。うれしい)
別々の道から歩いてきたひとたちが1本の大通りを行きかう。状況によっては1か所に集まることもある。その中に私もいる。
この“私もいる”と思わせてくれる感じが、とにかくいい。すごいものを読んだ。すごいし面白い。
と、ひどい語彙力で友人に力説したところ「なんだか地味そうだねえ」というリアクションをいただいた。
違うんだ。飛び道具はないけど地味じゃないんです。私の説明が悪い。

ふつうの暮らしの中にも事件は起こる。
結婚式の準備をしなければならないし、大事なひとが殺されることもある。職場で悪評に悩んだり、突然気の合う同僚ができたりする。事故にあう。恋が報われる。旅行に行く。
出来事だけ見れば地味かもしれない。極端な例は「あるお母さんは病院へお見舞いに行き、アイスを買い、縫物をした」。それだけのこと。
でも日常を誠実にクローズアップする各話は、どれも素晴らしく鮮やかだ。たった数ページの短編内で登場人物の感情に触れるたび、その鮮やかさにハッとする。じわじわくる可笑しみ、やりきれなさ、喜びや解放感、どれも全然地味じゃない。地味だなんて言われてたまるか。こんなにも、ああ、人間だ、と思わせてくれるのに。

宇宙人が地球のニンゲンのことを知りたいと言ってきたら「生息地域によって多少の違いはありますが、大体こういう感じですよ」とこの小説を渡していいと思っている。色々とアレな面もあるのは事実だけれど、おおむね悪いやつらじゃないんです、という意味合いで。
その反面「変わった考え方のひとばかり出てくる小説だなあ」と感じるだけのひともいるような気がする……どうオススメしていいか余計に分からない。ものすごく面白いのに。困ってしまう。
でも作中に数人くらいは必ず、あなたと似た感情を抱いている人が出てくるはずだ。

「ふつうの世界」を信用できなくなったとき。世間様を言葉の通じない何かのように感じていたり、通勤電車で密着している前後左右のひとを「自分もろとも箱につめた油粘土みたいだな」なんて思ったとき。
必要なのはきっと「ふつうの世界」を外側から見てみることで、でも私は宇宙人ではないから社会を外から見るにはひと工夫いる。同じ世界で生きているひとたちを愛おしく思えたらなおいい。
そこで『フィフティ・ピープル』だ。

自然な日本語訳で、ものすごく読みやすい。
地名はほとんど出てこないので、海外の小説で「それどこ?」と戸惑いがちな方も安心。
キャッチーなことは何も言えず私も困ったままだが、求めている人が必ずいる小説だ。
友人には結局「とにかく読んでくれ」と駄々をこねて買わせてしまった。若干申し訳なく思っている。

文/スタッフ部門・本の泉スタッフM


『アンダー、サンダー、テンダー』
鄭世朗(チョン・セラン):著/吉川凪:訳
クオン/2,500円+税
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