2019年下半期 第162回「直木賞 大予想!」はこちら
 


 
第161回 直木賞候補の6作品を、受賞予想の鼎談形式でご紹介!

※ この鼎談はフィクションであり、実在する人物・小説上の人物とは関係ありません。

鼎 談 参 加 者
平尾才助 (55歳) --- 書店員歴33年
悠木和雅 (44歳) --- 書店員歴15年
野口魚子 (33歳) --- 書店員歴 6年
161

悠木 さあ、またもや直木賞の季節がやってまいりました。

平尾 今回は候補作家がすべて女性ということで注目されてるな。

悠木 直木賞の歴史の中で、候補作がすべて女性の作品となったのは初めてだそうですからね。

野口 作家の性別が話題になること自体、無意味だと思うのは私だけですかね。

平尾 そうは言っても、マスコミはこういう「女性活躍」的な面を取り上げたがるからな。

悠木 この話題性が選考に多少なりとも影響を及ぼすんじゃないかと私は見てるんですが。

野口 それよりも私が注目しているのは、今回の候補作家6人のうち、すでに山本周五郎賞を受賞している作家が4人もいるということです。

悠木 朝倉かすみさん、窪美澄さん、原田マハさん、柚木麻子さんの4人ですね。ハイレベルな戦いと言えますね。

平尾 何はともあれ今回は絶対に当てような。オレたち4回連続ではずしてるんだからな。松ちゃんに申し訳ない。もう後がないぞ。

野口 松ちゃんって誰ですか?

平尾 オレたちのマネージャーみたいなもんだ。(※1

悠木 しかし、このはずしっぷりが楽しみと言ってくださる読者の方もいらっしゃいますからね。

野口 そうそう。それに今回は力作揃いで本当に難しいです! はずしてもともとのつもりで気楽にやりましょう。


本命:窪美澄『トリニティ』
窪美澄 『トリニティ』
くぼ・みすみ とりにてぃ

新潮社/1,700円+税

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平尾 窪美澄は2回目の候補だな。

悠木 2018年上半期に『じっと手を見る』で候補になっています。

平尾 それよりもだいぶ前の2010年、デビュー作の『ふがいない僕は空を見た』でいきなり山本周五郎賞を受賞したんだよな。

野口 当時の山周賞の選考委員だった浅田次郎先生が激賞していらっしゃいました。『じっと手を見る』が直木賞候補になった時も浅田先生は高評価でしたから、今回もかなりプッシュされるのではないかと思います。

悠木 今回の候補作『トリニティ』は、男性中心の社会だった1960年代に、ある出版社で共に仕事をした3人の女性たちが主人公です。

平尾 タイトルの「トリニティ(三位一体)」はこの3人を指しているんだろうなと思いきや……。

野口 3人の生き方がそれぞれ異なるように、女性にとって「男、仕事、結婚、子ども」のうち、3つしか選べないとしたら?と問うてもいます。

悠木 50年ほど前の時代の話なのに、とても今日的なテーマの小説ですよね。フェミニズムの風潮が高まる中、間違いなく読まれるべき1冊だと思います。

平尾 そんな堅苦しいことは抜きにして、文句なしに面白かったよな。巻を措く能わずという感じで最初から最後まで読み終えたぞ。

悠木 リーダビリティは群を抜いていますね。

野口 登場人物たちや舞台となった出版社は実在しますからね。

悠木 窪さんには珍しいモデル小説です。ただ、この作品に減点の材料があるとすればまさにそこで、ものすごく丹念に調査したと思うんですけど、その努力の跡が見えてしまってるんじゃないかという点です。

平尾 前回、直木賞を受賞した『宝島』も相当取材しただろうけど、それを忘れさせるような吸引力があったからな。得体の知れないパワーが。

悠木 そこをどう評価されるかが受賞の分かれ目だと思います。


対抗:原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』
原田マハ
『美しき愚かものたちのタブロー』

はらだ・まは
うつくしき おろかものたちの たぶろー


文藝春秋/1,650円+税

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悠木 原田マハは4度目の候補です。

平尾 著者が最も得意とする美術を題材にした小説だな。

悠木 もう、この分野の第一人者と言っていいと思います。

平尾 タイトルを目にしたとき、「タブロー」って誰だよ、と思ったけどな。

悠木 「絵画」を表すフランス語ですね。

野口 今回の候補作は、国立西洋美術館の設立に関わった日本人たちの奮闘を描いています。

悠木 欧米に負けない美術館を日本にも創りたいとの思いから、大正から昭和初期、実業家の松方幸次郎が私財を投じてヨーロッパで美術品を収集します。

平尾 「松方コレクション」な。松方弘樹とは関係なかったんだな。

悠木 そうです。松方コレクションの多くは第二次大戦前後に散逸、焼失してしまっています。日本へ送られずにフランス国内に保管されていた数百点の作品も、フランス政府に没収されます。

平尾 この作品群を日本に返還してもらうために奔走したのが吉田茂首相をはじめ、美術史家の田代雄一や役人の雨宮辰之助だ。

野口 軍人から松方の部下となった日置釭三郎が、戦時下のフランスで松方コレクションを命がけで守るくだりは胸が熱くなります。

平尾 「艦隊ではなく、美術館を」「戦争ではなく、平和を」がこの小説のテーマと言っていいんじゃないか。静かな反戦小説だ。

野口 この作品が受賞しても全然驚きませんね。

悠木 個人的な印象ですが、以前候補になった『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』にはミステリ的な面がありましたが、そういった要素のない今回の候補作のほうが直木賞に近い感じがします。

野口 余談ですが、この本の装画はいせひでこさんが手がけられています。読み終わった後、カバーをはずしてみるとちょっと涙が出ますよ。


大穴:大島真寿美『渦-妹背山女庭訓_魂結び』
大島真寿美
『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』

おおしま・ますみ
うず いもせやまおんなていきん たまむすび


文藝春秋/1,850円+税

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野口 大島真寿美は2回目の候補です。

悠木 2014年下半期に『あなたの本当の人生は』で候補になりましたね。

平尾 あの時は酷評されたんだよな。「客観という目がない」とか「小説の書き方が粗い」とかな。

野口 「食べものに頼りすぎ」なんて選評もありましたね。

悠木 大島さんはそういった厳しい声を見事にご自分の糧として一段高みに上ったという感じがします。

野口 今回の候補作の題材は文楽ですね。実在した浄瑠璃作者の近松半二が主人公です。

平尾 今でも上演される「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」を書いた人物だな。

野口 はい。大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれ、行く末楽しみな賢い子供だったのに、浄瑠璃好きの父に手をひかれて芝居小屋に通い出してから、浄瑠璃の魅力にはまりこんで物書きの道へ進むことになるという……。

悠木 大島さんは「物語はどこから生まれてくるのか」をテーマとして長年書いていらっしゃいますが、この作品には大島さんの小説観、創作観のようなものも垣間見られます。

野口 たとえば、「ほんまにあった話でも、板にのせるとなったら芯がいる。(中略)人の噂で聞いたまんまを、お茶の子でやっても芯がない」とか、「書いてる最中に、書いてるもんを勝手に裁いたらあかん。なんでもやれると信じて、己を信じて、まずは書いていくんや」ですかね。

平尾 日夜創作に勤しんでいる選考委員の先生方の心の琴線に触れる言葉があるんじゃないか。

野口 はい。この作品が受賞しても全然驚きません。

悠木 ただ、こういった、作家という同業者を主人公にした作品にはけっこう辛い点が付くんですよ。この作品がどういった評価をされるか、楽しみでもあります。


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朝倉かすみ『平場の月』
あさくら・かすみ ひらばのつき

光文社/1,600円+税

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平尾 いやあ、これは泣いたな。オレ的にはこれが今回のベスト。平尾賞決定!

野口 50代の、ちょっと貧乏な男女の恋愛の話ですね。これはもう平尾さんにはドンピシャですね。

悠木 朝倉かすみさんは今回が初の直木賞候補ですが、この作品で既に今年の山本周五郎賞を受賞しています。直木賞と山周賞が重なることはめったにないのですが、昨年は『宝島』がダブル受賞していますから、今回もひょっとするかもしれませんね。

野口 山周賞の選評で興味深かったのが、使い古された「難病もの」という点でマイナス評価があったにも関わらず、逆に、「難病もの」というスタイルを使いながら、この作品のためだけに口語体を中心にした全く新しい文体を作り上げた点や、デフレで不景気な今の日本という時代性を取り込んでオリジナルなものを作り上げた点が高評価につながったところですね。

悠木 選考委員の石田衣良先生は、土地柄についても言及されてましたね。中高生時代の人間関係から逃れられない行き場のなさと、一方で、その中でなら自由にふるまえる親密な空気感がうまく描かれていると。

平尾 ごちゃごちゃ言ってっけど、オレには石田衣良の気持ちが痛いほど分かるぞ。とにかく切ないんだよ。貧しいながらもお互いを思いあっているところとか。50になってもまだまだ心躍ることがあるんだよ。

野口 はい。この作品が受賞しても全然驚きませんね。


『落花』
澤田瞳子『落花』
さわだ・とうこ らっか

中央公論新社/1,700円+税

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野口 澤田瞳子は3回目の候補です。

悠木 2015年上半期に『若冲』で、2017年下半期に『火定』で候補になっています。

野口 どちらも我々は大穴と予想しましたね。

悠木 今回の候補作の舞台は平安中期です。本当にいろいろな時代を描ける作家ですね。

平尾 『若冲』も『火定』も力作だったからな。それに比べて今回はちょっと弱くないか?

悠木 宇多天皇の孫でありながら仁和寺の僧侶となった寛朝が、梵唄という仏教声楽を究めるために京から東国に下るのですが、そこで平将門の乱に遭遇するという話です。

野口 以前、候補になった『火定』の選評で桐野夏生先生が「近代的な価値観を持った人間が当時の衣を着て動き回っているような違和感があった」と言っておられたのが印象に残っていますが、そのあたりは今回どうなんでしょうか。

悠木 この『落花』は山周賞の候補にもなったのですが、石田衣良先生は、寛朝が東国に来て人の首が飛んだり腕がちぎれるような戦争の場面を見て「これが東国の音楽なんだ」と思うシーンがあったが、宮中の育ちで皆に大切に扱われている貴人が東国に行った途端、人の死を見てこれは音楽だとすんなり思えるんだろうかという違和感があった、と仰っています。これは先ほどの桐野先生の言葉に通じるものがあるように感じます。

野口 では、今回澤田さんの受賞は難しいですかね?

平尾 でもよお、この学識の豊かさや格調の高さは直木賞向きなんじゃないか?

悠木 実力はすでに折り紙つきですからね。

野口 この作品が受賞しても全然驚きませんね。

平尾 さっきからそればっかりじゃねえか!

野口 えへへ。


cover-magicalgrandma
柚木麻子
『マジカルグランマ』

ゆずき・あさこ まじかるぐらんま

朝日新聞出版/1,500円+税

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野口 柚木さんは5回目の候補です。

平尾 なんと! 今回の候補作家の中では最多だな。

悠木 柚木さんも2014年に『ナイルパーチの女子会』で既に山周賞を受賞しています。

野口 コンスタントに面白い作品を書いていらっしゃいますが、なぜか直木賞では評価が低いんですよね。

平尾 直木賞向きじゃないんじゃないか? 宮城谷先生とか絶対理解できないだろ。

悠木 今回の候補作は、若い頃に女優になったが結婚してすぐに引退し、主婦となった正子が主人公です。

野口 映画監督である夫とは同じ敷地内の別々の場所で暮らし、もう五年ほど口を利いていません。

悠木 ところが、75歳を目前に先輩女優の勧めでシニア俳優として再デビューを果たすことになります。大手携帯電話会社のCM出演も決まり「日本のおばあちゃんの顔」となるまでに。

野口 しかし夫の突然の死によって仮面夫婦であることが世間にバレ、一気に国民は正子に背を向けます。さらに夫には二千万の借金があり、家を売ろうにも解体には一千万の費用がかかると判明します。正子の運命や、いかに!?

平尾 おまえら、内容紹介でお茶を濁そうとしてないか?

野口 えへへ。

悠木 なんというか、賞にこだわらず、柚木さんにはこういったエンターテインメントを自由に書いてほしいんですよ。

野口 でも、時代性も取り込んでますよね。ほら、グレイヘアとか。

平尾 そこかい。

* * * * *
 

平尾 以上、言いたい放題だったが、今回も力のある作品が出揃ったな。

野口 出会えて良かったと思える作品がありました!

平尾 今回は2作受賞もありえるな。

悠木 皆様にもぜひ、全作品読んで予想していただきたいですね。

野口 第161回直木賞、発表は7月17日(水)夜です!!


文/有隣堂 加藤泉

第161回 直木賞は
大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』
が受賞! 大島先生、おめでとうございます!

※1 松ちゃんは「原稿がほしいです……」と囁いたり記事を成型したりする担当のスタッフです。「平尾氏には“弊社に長年勤務しているベテランおじさん”の風情がある!」と、彼がおじさんっぷりを発揮するたびに大喜びするスタッフでもあります。
受賞予想は、当たるも八卦当たらぬも八卦。読者のみなさまに気になる作品を見つけていただけたら、それが何より嬉しいです。
(本の泉スタッフM)(松)

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