第163回 直木賞候補の5作品を、受賞予想の座談会形式でご紹介!
※ この座談会はフィクションであり、実在する人物や宗教・小説上の人物とは関係ありません。

主 な 参 加 者
平尾才助 (55歳) --- 書店員歴33年
悠木和雅 (44歳) --- 書店員歴15年
野口魚子 (33歳) --- 書店員歴 6年
naoki163

悠木 さあ、またもや直木賞の季節がやってきました。

野口 我々はまた本命・対抗・大穴と予想しなくてはならない辛い立場にいます。

平尾 はっはっは。前回からオレたちには神さんという強い味方が現れたんだから。大船に乗ったつもりでいればいいさ。

 神 どうも。神です。

悠木 前回は『熱源』を当てていただきありがとうございました。

平尾 今回もまたよろしく頼みますよ。

 神 その件なんですが、私、今回は辞退させていただきます。

野口 ど、どうしてですか!?

 神 率直に申し上げましょう。私、今回は「該当作なし」と予想しています。ですので、皆さんのお役には立てません。あしからず。

平尾野口 ………。

悠木 それは仕方ないですね。では、今回は神さんにはアドバイザーとして見守っていただくということで、早速予想してまいりましょう!

少年と犬

馳星周『少年と犬』
はせ・せいしゅう しょうねんといぬ

文藝春秋 / 1,600円+税 / 2020.05発売
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悠木 馳星周は7度目の候補です。

野口 なんと!

平尾 7回候補になるってすごいよな。現選考委員の東野圭吾、宮部みゆきも6度目で受賞したけどな。

悠木 調べてみたところ、10度目の候補で受賞した古川薫が最多のようですね。次に8度目で受賞した阿部牧郎、白石一郎と続きます。

平尾 上には上がいるもんだな。

 神 馳さんには最多記録を更新していただいてはいかがでしょうか。

平尾 それもいいな。

悠木 さて、今回の候補作ですが、犬がテーマの、心温まる連作短編集です。

平尾 意外だよな。

野口 馳さんが大の犬好きということに驚きました。なんでも、犬との暮らしを優先させるために軽井沢に移住したとか。

平尾 『不夜城』の頃からは想像できないな。

悠木 さて、この『少年と犬』ですが、「多聞」という一匹の犬が東日本大震災で飼い主を失い、釜石から九州まで西へ西へと向かいます。最後に熊本で、ある少年と再会を果たします。それが表題作「少年と犬」です。

平尾 馳星周の作品でこんなに泣ける日が来るとはな。

悠木 馳星周が直近で直木賞候補になったのは2015年『アンタッチャブル』の時でした。公安警察を舞台にした、まあ、コメディでしたが、北方謙三先生が「作者の新境地であると私は感じた」と推していたのが印象的です。

野口 東野圭吾先生も「著者は賞を狙ったわけではなく、週刊誌連載という仕事として本作を執筆した。まず何よりも大衆文芸の良き商品に仕上げることを優先した姿勢は、プロとして当然ともいえる」と評価していらっしゃいました。今回は、犬と人間の絆をテーマにしたハートウォーミングものを書こうとして、実際に平尾さんのように泣いた読者がいたということは「プロの仕事」として評価されるのではないでしょうか。

平尾 まあ、直木賞には功労賞的な意味合いもあるから。そういった意味でも受賞はあり得るんじゃないか。

じんかん

今村翔吾『じんかん』
いまむら・しょうご じんかん

講談社 / 2,900円+税 / 2020.05発売
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悠木 今村翔吾は2度目の候補です。

平尾 去年、『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞を受賞したな。歴史時代小説のジャンルで今一番勢いのある作家と言ってもいいな。

野口 2018年に直木賞候補になった『童の神』は舞台が室町時代、酒呑童子を題材にした時代エンターテインメントでした。すごく面白かったのを覚えています。

平尾 『童の神』が角川春樹小説賞を受賞した時の選考委員の一人が北方謙三だ。直木賞候補になった時も推していたよな。

野口 はい。北方先生、東野先生、宮城谷先生が高い評価をつけていらっしゃいました。

 神 林真理子先生は「このせわしなさは、ゲームのようだと思った」と辛い評価でした。

野口 今回の候補作にはそういった軽い感じは抜けているかもしれませんね。

平尾 『じんかん』の舞台は戦国時代、主人公は松永久秀だ。今、大河ドラマで吉田鋼太郎が演じている役な。

野口 はい。主君の三好長慶を殺して主家を乗っ取り、将軍足利義輝を殺し、さらに東大寺焼き討ちという「三悪」を犯した悪人として知られる武将です。

平尾 やつが稀代の悪人となるまでの前半生が描かれてるな。

悠木 三好長慶の祐筆として世に出るまでの松永久秀の人生はよく分かっていない部分が多いんです。それを大胆に創作しています。

平尾 面白いのは、二度も謀反を起こされた信長が、戦のない世界を創ろうとした久秀の生涯を、共感を込めて語るという手法をとっているところだな。

野口 この信長像にも魅力を感じました。

悠木 先ほど野口が言っていた「三悪」にも新しい解釈が施されています。

平尾 この作家は歴史の敗者を描き続けているが、こういう姿勢は評価されるんじゃないか。

 神 今回、時代小説が二作候補になっていますが、どちらか選ぶとしたらこちらでしょうね。

能楽ものがたり稚児桜

澤田瞳子『能楽ものがたり 稚児桜』
さわだ・とうこ のうがくものがたり ちござくら

淡交社 / 1,700円+税 / 2019.12発売
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悠木 澤田瞳子は4度目の候補です。

平尾 そろそろ受賞してもいい頃だよな。

野口 今回の候補作の版元を見てびっくりしたのは淡交社の名前があったことですね!

 神 茶道の本を専門的に出版している版元ですからね。淡交社の方々が一番驚いていらっしゃるかもしれません。

悠木 今回の候補作『稚児桜』は、能の名曲を下敷きにした短編集です。

 神 それぞれ設定は借りているものの、ストーリーは全く別のものに仕上がっていますね。

平尾 情景描写が美しいよな。能の幽玄の世界に引きずり込まれるようだった。

野口 たとえば冒頭の「やま巡り」という短編は、親に売られ遊女となった娘が故郷の母を訪ねる話で「山姥」という題目を、表題作の「稚児桜」は、昼は僧の身の回りの世話をし、夜は閨に侍るために寺へ売られてきた少年達の話で、「花月」という題目をもとにしています。

平尾 収録された8編をながめてみると、“親に捨てられた子”というテーマが多いような気がするな。

野口 はい。現代にも訴えかけるものがあるテーマだと思います。

 神 ただ、難を言えば、これまで候補になった作品は骨太な長編だったじゃないですか。今回は短編集ということで、ちょっと小粒かな、と思ってしまうんですよね。

平尾 確かに。この作家なら硬派な長編で受賞してほしいとオレも思うな。

悠木 澤田瞳子が候補になると、これまで宮城谷昌光先生、浅田次郎先生、宮部みゆき先生らが高く評価することが多かったですが、今回から宮城谷先生が選考委員を退いていらっしゃいます。

野口 浅田、宮部両先生にがんばっていただきたいところですね!

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伊吹有喜『雲を紡ぐ』
いぶき・ゆき くもをつむぐ

文藝春秋 / 1,750円+税 / 2020.01発売
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悠木 伊吹有喜は3度目の候補です。

野口 2014年に『ミッドナイド・バス』で、2017年に『彼方の友へ』で候補になっていますね。

平尾 ああ。忘れもしない2017年第158回の直木賞予想。オレたちは『彼方の友へ』を本命にして、見事玉砕したんだよな。

野口 あの時は、「たとえハズれてもこの作品を本命に推さないと後悔すると思った」とまで言ってしまいましたね。

平尾 今回の候補作は、家族の再生をテーマにした長編小説だな。

悠木 盛岡で作られている「ホームスパン」という服地が重要なモチーフになっています。

野口 主人公は、いじめが原因で学校に行けなくなった高校生の美緒。彼女の心のよりどころは、大切な祖父母がくれた赤いホームスパンのショールだったのですが、このショールをめぐって母と口論になり、美緒は盛岡市でホームスパンの工房を営む祖父の元へ家出をしてしまいます。

平尾 美緒がいなくなった東京では、父母の間で離婚話が持ち上がるんだよな。この家族がどうやって再生していくかが読みどころだ。

 神 なんだか、朝の連続ドラマになりそうな話ですね。

平尾 良くも悪くもな。

悠木 その、「朝ドラ的」というのはキーワードで、以前『彼方の友へ』が候補になった時に東野圭吾先生が「完全に朝の連続テレビ小説の世界」と伊吹さんの作品世界を評価しています。

野口 宮部みゆき先生も「このまま即NHKの朝ドラになりそうな仕上がりが、他の作品と競い合うためにはお行儀が良すぎた―それくらいしか失点が見当たりません。でもこれが意外と大きな要素だということが、文学賞のおっかないところなんです。」とおっしゃっていました。

 神 その評価から抜け出せた作品と言えるかどうか、というところですね。

平尾 今回もどう評価されるか気になるところだな。

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遠田潤子『銀花の蔵』
とおだ・じゅんこ ぎんかのくら

新潮社 / 1,700円+税 / 2020.04発売
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悠木 遠田潤子は初めての候補です。

平尾 これも現代ものの家族小説だな。

野口 醤油蔵を家業とする旧家で育っていくヒロイン、銀花の半生が描かれています。

悠木 銀花の父は画家を目指すも芽が出ず、家業を継ぐことを決め、大阪から奈良の実家に妻子とともに戻ってきます。銀花の母は家事が上手だけれども窃盗癖があるという問題を抱えています。

平尾 それだけでなく、次から次へと複雑な家庭環境が明かされていくんだよな。

野口 この家の蔵には座敷童がいて、それを見たものは蔵の当主の資格があるということになっています。このエピソードが後半効いてきます。

平尾 この作家は初めて読んだが、上手いと思ったな。

悠木 遠田潤子は2009年『月桃夜』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューしています。

野口 人間の業というか、過酷な運命に翻弄される人間のドラマを描き続けていますね。骨太な作家というイメージがあります。

悠木 ミステリ色が薄い『銀花の蔵』は、新境地と言ってもいいと思います。著者自ら「挑戦作」とインタビューで答えています。

 神 ただ、この作品も、とても朝ドラ的ですよね。

野口 確かに。主人公ができすぎなような気がしました。

平尾 まあ、正直言って、今回はお披露目のようなものだろうな。いずれ、受賞する力のある作家であることは間違いない。


悠木 以上、今回も力のある作品が候補になっています。

野口 神様から辛らつなご意見をいただきました。

平尾 読者の皆さまにもぜひ全作読んで予想してほしいな。

 神 第163回直木賞発表は2020/7/15(水)!


文/ 加藤泉(有隣堂 店売事業本部)

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