薬指の標本『薬指の標本』/小川洋子/新潮社/400円+税外部リンク 
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薬指の先が事故で欠けた女性は、奇妙な標本室の事務員となる。
標本技術士の弟子丸と、二人だけの職場だ。
ここの標本は単に保管する以外の意味を秘めて作成される。たとえば「楽譜」の標本を依頼した女性は、紙を保管したいのではない。別れた、作曲家の彼からプレゼントされた優しい曲の「どうしても消せない音」を閉じ込めたい、というように。
身近に置くことも捨てることも、ただしまうこともできず、思い出し懐かしむためのものでもない。封じ込め、分離し、完結させる。
「標本を必要としていない人間なんていないさ」「本当は誰でも、標本を求めているものなんだ」と弟子丸は語る。あなたには「なにか」あるだろうか?
「標本」したいものができる人生を、私は少し、うらやましく思う。

顔の火傷の標本を依頼した少女が消える。そして自分の前任者の女性は、印象的な靴音を残して、突如、消えたことを知る。彼女が弟子丸に魅せられるにつれ、静寂な世界が耽美的な顔を覗かせ、変貌していく。
ずっとはいているように、という約束とともに、弟子丸から贈られた靴は、足と靴の境目が消えかかるほど、彼女の足を侵していく。

「そばにいたいなんてなまやさしいことじゃなく、もっと根本的で、徹底的な意味において、彼に絡め取られているんです」
「この靴をはいたまま、彼に封じ込められていたいんです」
そして、彼女は彼の聖地に囚われるために歩き出す。
その決断は、あの支配は、この従属は、愛と呼ばれるものだろうか。
神に捧げる供物を運ぶように、彼女は向かっただろう。願うところへ行けただろうか。
自由のないその靴で。

文/ 新百合ヶ丘エルミロード店・NA
              
              
              
                 
            
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