第162回 直木賞候補の5作品を、受賞予想の座談会形式でご紹介!
※ この座談会はフィクションであり、実在する人物や宗教・小説上の人物とは関係ありません。
鼎 談 参 加 者 |
平尾才助 (55歳) --- 書店員歴33年 悠木和雅 (44歳) --- 書店員歴15年 野口魚子 (33歳) --- 書店員歴 6年 |

悠木 さあ、またもや直木賞の季節がやってきました。
野口 我々はまた本命・対抗・大穴と予想しなくてはならない辛い立場にいます。
平尾 もうオレは引退させてもらいたい。
悠木 まあ、そんなことおっしゃらずに。
平尾 もう5回連続はずしてるんだぞ! 恥ずかしくて松ちゃん(※1)に会わせる顔がない。
野口 平尾さん、大丈夫です。今回は私の同僚の中から強力な助っ人に来ていただきました。候補作の表紙を見ただけで受賞作を予言することができる超能力の持ち主、その名も「神」さんです。
神 どうも。神です。
平尾 おいおいおい。野口、大丈夫かよ。
野口 神さんは前回『渦』の受賞も的中させたんです。表紙を見ただけで! 中身を読んでもいないのに!
神 まあ、パラパラと中は見ましたけどね。
悠木 もうここは他力本願ということで。今回は神さんの予想に従いましょう。
平尾 おまえらなあ。
悠木 川越宗一は初めての直木賞候補です。
野口 はい。しかも『熱源』が2冊目の作品です。
平尾 おいおい、今回は湊かなえで決まりじゃないのかよ。
野口 はい……。私も神さんの予想を伺うまではそう思っていたんですが……。
悠木 でも、確かにこの『熱源』の評判は高いですよ。
野口 山田風太郎賞の候補にもなりましたね。
悠木 文藝春秋が発行する雑誌「オール讀物」主催の第9回 本屋が選ぶ時代小説大賞も受賞しています。
野口 本書の舞台は、1880年代から1900年代前半の樺太(サハリン)です。ある2人の人物が出会うことで、人と人が心を通い合わせる熱い物語が展開されていきます。
悠木 その1人とは、「日本人」にされそうになった樺太生まれのアイヌ、ヤヨマネフク。彼は後年、アイヌの子どもたちのための学校を作るべく尽力します。
野口 あと、もう1人、帝政ロシアの圧政に反抗し、サハリン島に流刑にされたリトアニア生まれのブロニスワフ。彼はサハリンの原住民の人々と交流し、彼らの言葉や文化を書き記し、やがて民俗学者になります。
神 この2人は実在の人物です。彼ら以外にも二葉亭四迷や大隈重信、金田一京助といった人物も登場します。
野口 時代の波に翻弄されている人々の姿がよく描かれていますし、何より、国を超えた人々の絆に胸を打たれます。
悠木 帯(表4)に、「人を拒むような極寒の地で、時代に翻弄されながら、それでも生きていくための『熱』を追い求める人々がいた」とありますよね。
この作品からはまさに「熱」が感じられるんです。人間が生きていく上でいやおうなく発する「熱」が。
平尾 真藤順丈の『宝島』に感じたような「熱」だな。
神 もしもこの作品が受賞したら、金田一京助の『あいぬ物語』も復刊されてほしいですね。
悠木 湊かなえは4度目の候補です。
野口 今回、湊さん以外は初候補の作家ばかりですね。
平尾 ほらな。オレは湊かなえが本命だって言ってるだろ。
神 ただ、湊さんは候補になるたびに選考委員からわりと酷評されていますよ。
悠木 確かに、湊さんに対する選考委員の先生方の選評が毎回ふるっていて、たとえば『未来』で候補になった時、高村薫先生は「さながらトッピングの『全部乗せ』のようだった。もはやもとの料理が何だったのか分からないその過剰さ」と評しています。
野口 宮部みゆき先生の「何だかダークなドラッグをキメっぱなしで置き去りにされたような気がしました」という評も印象に残っています。
悠木 今回の候補作の主人公は新人脚本家の女性です。15年前に生まれ故郷で起きた一家殺害事件について映画を作ろうと考えているが脚本を書いてみないかと、同郷の新進気鋭の女性映画監督に依頼されます。
野口 その一家殺害事件とは、引きこもりの男性が高校生の妹を自宅で刺殺後、放火して両親も死に至らしめたという痛ましい事件で、その真相に迫っていくのが読みどころです。
神 僕も、候補作家のラインナップを見た時は湊かなえかなと思ったのですが、この作品ではないんじゃないかと思いました。
野口 そうですよ! 『望郷』で受賞するべきだったんです!
悠木 それは野口の個人的な好みだろうけど、確かに『落日』はこれまでの湊さんの候補作と比べると、図抜けていい感じはしないんですよね。
平尾 それはそうかもしれないが、なんだ、こう、功労賞的な面もあるだろう? 直木賞には。今回はその路線の授賞ってことにはならないか?
神 それもじゅうぶんあり得ると思います。
悠木 今回は2作受賞も考えられますね。
野口 小川哲も初めての候補です。
平尾 これはまさに「大穴」って感じだよな。
悠木 まだ3作しか出していない作家ですが、前作の『ゲームの王国』 は第38回 日本SF大賞、第31回 山本周五郎賞を受賞しています。これはすごいことです。
平尾 すかさず直木賞が目を付けたってわけだな。
神 ただ、この作品で直木賞は難しいかもしれません。
悠木 確かに、SFで、しかも短編集ですからね。
平尾 なんだ、おまえら気が合うな。
野口 でも贅沢な1冊ですよね。喩えて言うなら、SFの幕の内弁当ですね。
悠木 零落した稀代のマジシャンがタイムトラベルに挑む「魔術師」、名馬・スペシャルウィークの血統に我が身を重ねる「ひとすじの光」、東フランクの王を永遠に呪縛する「時の扉」、音楽を通貨とする小さな島の伝説を探る「ムジカ・ムンダーナ」、ファッションとカルチャーが絶え果てた未来に残された「最後の不良」、CIA工作員が共産主義の消滅を企む表題作「嘘と正典」、以上6編が収録されています。確かに、幕の内弁当ですね。
野口 たとえ直木賞は受賞しなかったとしても、読む価値のある1冊だと思います。
平尾 なんと! 誉田哲也は初めての候補だったのか!
野口 本当ですねえ。今頃!?って感じです。ストロベリーナイトシリーズでも、歌舞伎町セブンシリーズでも候補にならなかったのに。
神 確かに、どうしてこの作品で、という感じはしました。
悠木 本書は三部構成になっていて、第一部、第二部と事件が起こり、まあ普通の警察小説かな、と思わせますが、第三部で全てが繋がります。
構成は巧みだと思いますし、何より現代社会の大きな問題を突いている作品だと思いました。
野口 ネタバレするので詳しくは言えませんが、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』を読んだ時のような監視社会の怖さを感じました。
平尾 新時代の警察小説って感じはしたな。
悠木 そこが評価されたのかもしれません。誉田さんの作品を今まで読んだことのない読者の方にもぜひ読んでいただきたいですね。
野口 呉勝浩も初めての候補です。
平尾 いやあ、面白かったな! 一気に読んだぞ。
悠木 はい。とても評判が高いミステリーです。埼玉県の巨大ショッピングモール「スワン」で、死者21名、重軽傷者17名を出した前代未聞のテロ事件が起きるところから始まります。犯人の3人組も死亡します。
野口 この事件に偶然居合わせ生き残った5人が、事件後、この事件で亡くなった高齢女性の遺族によって集められます。目的は彼女の死の真相を明らかにすることなのですが、読み進めるにつれてその場で何が起きていたのか芋づる式に明らかになっていきます。
悠木 何故その5人が集められたのか、という点も重要です。
神 設定にちょっと無理のある部分も多かったと思いますが。
悠木 確かに、今回候補に選ばれたのは、お披露目という感じかもしれないですね。
平尾 いつか直木賞を授賞するための布石か。でもこのリーダビリティは素晴らしいぞ。これからもどんどん作品を発表していってほしい作家だな。
悠木 以上、今回も力のある作品が候補になっています。
野口 甲乙つけがたく、神様に頼ってしまったことをお許しください。
平尾 読者の皆さまにもぜひ全作読んで予想してほしいな。
神 第162回直木賞、発表は2020/1/15(水)夜!
文/ 加藤泉(有隣堂 店売事業本部)
※1 松ちゃんは記事を成型したりする担当のスタッフです。
「平尾氏には“弊社に長年勤務しているベテランおじさん”の風情がある!」と、彼がおじさんっぷりを発揮するたびに大喜びするスタッフでもあるため、引退しないでほしいなぁ、と思っています。
(本の泉スタッフM)(松)
