


2020年1月17日より、3階売場レジ横で開催している、吉村昭氏の文庫をほぼすべてそろえたフェアが好評です。
「どうして、今、吉村さんなの?」とのお問い合わせも多いです。
理由は、人気があるのにリアル書店で見かけなくなったから。
しかし、何の節目でもないのに、フェアを開催するのだから、「?」と思われるのも無理もありません。
歴史を学ぶ重要さが叫ばれている時代だから、などと、かっこよく言うこともできたか?
せっかく開催するのだから、吉村作品を知らない人にも読んでもらいたいと考えました。
吉村作品は、フックが複数あり、それぞれのフックがリンクもしているので、1冊読むと、吉村沼に嵌るようになっています。
でも、せっかく有隣堂藤沢店で開催するのだから、ちょっとだけおかしなことを企てました。
有隣堂藤沢店は、食に関する作品が人気です。
ひらめいたのは、吉村氏の食随筆を経由した吉村沼ご案内コース。
食随筆で、だれでもご存じの作家といえば、池波正太郎氏です。
今では指摘する方も少なくなりましたが、吉村昭氏は池波氏の4歳年下で、ほぼ同世代。
戦記・歴史・記録作家の顔だけではなく、かつての東京の空気を描けた作家としても知られていました。
『東京の下町』『東京の戦争』などの名作があります。
随筆は、未読の作家への入り口になりやすいです。
食随筆なら、さらに、ハードルが下がります。
「さっきから、吉村昭に、あたかも『食卓の情景』や『むかしの味』みたいな作品があるみたいなことを言ってるが、でたらめなことをぬかすな」と、お叱りの言葉が来そうです。
生前の吉村氏の随筆には、食にまつわる話は多く、『わたしの流儀』のように、作品内に一項目としてまとめられている本もあります。
しかし、池波氏のような食を主題にした随筆集は、ありませんでした。
大河内昭爾氏です。
大河内氏は、大学でのお仕事と同時に、食随筆の雑誌も編集していました。
ちくま文庫『あさめし・ひるめし・ばんめし』の編者解説や『季刊文科 43号』の『砦』というコラムのコーナーなどに、大河内氏ご自身が、当時のことを語っています。
依頼された食随筆は、大河内氏が編集していた、『食食食(あさめしひるめしばんめし)』や『食の文学館』などに連載されていました。
また、週刊誌や食の専門雑誌からの依頼も多かったようですが、『蟹の縦ばい』をはじめとした随筆集に収録された作品以外を読むには、雑誌を探しに図書館巡りをしなければ難しいです。
吉村昭氏の没後、単行本未収録作品をまとめた本がいくつか出版されました。
河出書房新社は特に多く、業界紙などに発表されていた連載をまとめるなど、特徴のある本を出版していました。
その中の1冊が、食と旅がテーマの随筆集。
『味を訪ねて』と名付けられたその本は、2010年10月に出版され、その3年後、河出文庫に収められます。
改題された書名は『味を追う旅』。
吉村氏死後、7年の歳月が流れていました。
この間に東日本大震災が起こり、『三陸海岸大津波』や『関東大震災』を通じて、吉村作品を知らない世代が吉村作品を発見した、とおっしゃる方もいます。
『味を追う旅』は、1968年9月から1994年11月の間に、新聞や雑誌に掲載された食と旅に関する34編の随筆を、時系列にまとめてあります。
そのうちの3割は、先述の大河内昭爾氏編集の雑誌に掲載されていた作品です。
1986年2月に書かれた『食物の随筆について』という作品には、吉村氏から見た大河内氏のことが描かれており、上記のことを知ったうえで読むと、お二人の信頼関係が垣間見られ、興味深いです。
吉村昭氏は、もうこの世にはいらっしゃいませんが、本の中では、お寿司屋さんで新作の題名を考えたり、大好きな日本酒の世界が多彩になっていくことを喜んだりしています。
私たちは、本の中で、いつでも、吉村昭氏にお会いすることができます。
本には、時空を飛び越える力があります。
文/

※2020/3/29現在の内容です。店頭フェアは予告せず終了いたします。お立ち寄りはぜひお早目に。
(本の泉スタッフM)
