729『病魔という悪の物語 チフスのメアリー/金森修/筑摩書房 ちくまプリマー新書/760円+税外部リンク 
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今から100年ほど前のアメリカに、アイルランドからアメリカに移住し賄い婦をやって生活していたメアリー・マローンという女性がいた。

働き者で雇い主の評判も良く本人はいたって健康であったが、死に至ることもある感染症が彼女の勤め先で次々と発生し、保菌者の彼女が料理を介して無自覚に病原菌を振り撒き感染を拡大させたとされ、有名になった。
今日で言う無症状患者、スーパースプレッダーというわけだ。

突如身に覚えのない疑いをかけられた彼女は検査を拒否したが、身柄を拘束され感染者として病院に強制的に収容、隔離された島で3年を過ごす。
一時は料理をする職業にはつかないとの誓約書のもとに解放されたものの誓いを破って元の職業に舞い戻り、勤め先から感染者が出たことにより再び逮捕され、その後死ぬまでの23年間を社会から隔離されて過ごしたという。
 
これは糾弾の書ではない。

細菌学によって感染症の研究が進歩し下水道インフラが整えられ公衆衛生の必要性が認知されはじめた時代背景、自由の国とうたわれるアメリカにあっても複合的なマイノリティで立場の弱かった彼女の境遇、様々な要素を丁寧に検証しながら、著者は一貫して、彼女はここまで自由を制限されるべきではなかったのではないかとくりかえし読者に問いかける。

この本が書かれたのが2006年、著者は2016年に逝去されているが、終章、近年エイズをはじめとする伝染病が流行るたびに防疫の名のもとに感染者に下される社会的な烙印について、「チフスのメアリー」は今後も繰り返されうる構図であると指摘している。

「歩く腸チフス工場」「アメリカでもっとも危険な女」……メディアによって扇情的に書き立てられ世にも稀なる毒婦というイメージを作り上げられた「チフスのメアリー」は後年になっても疫病の恐怖と蔑みのシンボルだった。
2020年の今においてこの本が復刊された意義は大きい。
たくさんの人の手元にこの本が届いてほしいと思う。

文/ アトレ亀戸店・Y.K
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