“超”どころか、“鬼”がつくほど出無精な著者による、ふと思い立って出かけた町や思い出の地をめぐるエッセイ。
翻訳家として活躍する著者だが、エッセイもまた格別である。
『ねにもつタイプ』『気になる部分』『なんらかの事情』……と、これまで数々のエッセイを読んできた。
どの本も、ぐいぐい読ませる文章の巧さでもって、予想の斜め上どころか、遥か彼方の摩訶不思議妄想ワールドへよく連れて行ってもらった。時に共感し、時に更なる妄想ワールドに突き進んでいく著者に置いてきぼりをくらったりしながら、寝る前に一篇ずつ読むのが私のお気に入りである。
本書は一種の旅行エッセイだから、きっとそこまで突飛な妄想ワールドは展開されないだろうと予想していた。それが少し物足りない気もするし、逆に妄想力が抑えられた岸本ワールドとはどんなものだろう?との期待もあった。(神奈川県内を爆走する赤い電車を愛用している私にとって、聞き慣れた駅名がいくつか出ていることも気になる要素だった)
確かにいつもの岸本エッセイに比べれば、妄想ワールドは大人しい。けれど、その大人しさゆえにおのれの記憶や感情とリンクして、不思議な浮遊感を味わうことになった。ノスタルジーと、妙な不安感とを抱きながら、それでもページをめくる手を止められない。
「横浜」では前作で触れられていた某産院の真相(?)に「え、そうだったの!?」と突っ込み、「YRP野比」ではわかるわかると頷きつつ、若干の恐怖感を味わい、「三崎」では「酒合宿いいなぁ!」と羨みながらもちょっぴりしんみりしてみたり……一篇ずつ噛み締めるように読んだ。
ああ、私も思い出の地巡りをしてみたい。
もう少し世の中が落ち着いたら、赤い電車にガタゴト揺られて。
まずは物心つくまで住んでいた社宅が今はどうなっているか、確認しに行ってみようか。
文/ ルミネ横浜店・M.Y.